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能:善知鳥

これは地獄の物語です。その凄惨な描写のなかに、今の世の人の悩み苦しみも見えるようです。
地獄は人が住むその天上、山、地下、海にあると考えられてきました。つまり程近くにあるというのです。富山の立山はその地獄でした。別けても地獄谷は火山ガスの噴出、熱湯湧出の池、血の池などまさに地獄です。

修行の僧が立山禅定を終え、地獄へ通ずるという分かれ道を見、慚愧懺悔心に下山します。
ただならぬ姿の老人が僧を呼び止めます。老人は去年秋死んだ亡者だという。地獄の地、立山の景色が広がります。陸奥、外の浜に行くならば妻子に蓑笠を手向けるように伝えてくれという。証にと片袖をちぎって渡し泣きながら去っていきます。

僧は外の浜に妻子を訪ね、謎めいた老人の伝言を伝え、片袖を渡します。妻は片袖のない形見の薄衣を出して袖を合わせます。袖は違わなかった。
妻は蓑笠を手向け法事をします。僧の読経に引かれ地獄の責め苦に憔悴した老人の幽霊が現れ、犯した罪の深さを嘆き仏の救済をもとめ、我が子の姿を見、駆け寄って撫でようとするが子はたちまち消えてしまいます。

老人の霊、即ち猟師の霊は生きるための生業、生きものを殺す猟師の家に生まれた身の不遇を嘆くが、やがて猟の興奮が甦ります。猟師が獲る「善知鳥」は子に餌を与えるとき「うとう」と呼ぶ。猟師の霊は「うとう」と鋭く叫び善知鳥を追う。罪も報いも忘れ果ててひたすら善知鳥を追う。二度は逃すが砂の上の巣を見つけ中の子を打ちすえる。この曲だけの「カケリ」です。子を捕られた親は上から血の涙を降します。涙は身を溶かすのです。猟師の霊は手向けの蓑笠を身につけ逃げまどいます。

 一転して此処は猟師が落ちた地獄です。生前に殺した善知鳥は鉄の嘴、銅の爪を持った化鳥となって猟師の目をえぐり肉を裂き攻め苛みます。凄惨な地獄のありさまを見せ「助けて賜べや御僧」と成仏できないまま悲痛な叫び声を残し再び地獄の底に消えます。

 貧しさ故に仏戒を犯さざるを得ない人、仏戒と知りながら猟の面白さに狂う人、信心に縛られた人を描いて秀逸。

 

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