西王母


□あらすじ 

□周の穆王の御遊に百官卿相、雲客(宮廷に仕えるすべての官人)や
諸候が集参し帝の仁政をたたえています。
美しい貴女が桃の花の枝を持ち、侍女を連れて現れます。
女は帝に、この桃花は、三千年に一度花が咲き實を結ぶ桃です。
今この花が咲いたことは帝の威徳によるものです。献上するため参りました。と
花を捧げます。
帝は三千年に一度花が咲くというのは噂に聞いた西王母の園の桃かと驚いていますと
女は、実は私は西王母の化身です。ひとまず帰って桃の実を持って参りましょう、と
天上に上って行きます。
帝は管弦を奏させて西王母の来臨を待ちます。
孔雀、鳳凰、迦陵頻伽(いずれも極楽の鳥)の飛び交う中、美しい御衣をまとった
西王母が来臨します。
帝に園の桃を捧げ、美しい舞を舞い、袖や裳裾をひるがえして天上へ帰ってゆきます。

□この能は狂言口開(くちあけ)で始まります。まず、狂言が、帝の御遊があるので
参内するようにと触れます。観客一同この大宴会に招待されたことになります。
ワキは帝王であることを表す噺、来序で登場します。脇能(翁に付随して演ずる一番目物)
の前場のシテは神の化身ですので荘重な眞ノ一声(五段一声ともいう)で登場するのが
常ですが、この能では明るく、華やかな雰囲気を失わないためか、
常の一声で登場します。これは後場に顕著です。
後場のシテは、浮やかな下り端の囃子と、渡拍子の謡にのって登場します。
中国の伝説の仙女の華やかな舞台が現出します。
侍女が手にする盆の桃実も美しく映えます。
シテの飾太刀、侍女の上衣、側次(そばつぎ)は中国の話しであることを示しており
何かエキゾチックな雰囲気が漂います。

□ワキ帝王は、「かかる聖主の例はなし」「その御心は海の如く」と
冒頭に謡います。みずからを賞賛するのは奇異に思われます。流儀によっては、
このワキのセリフを臣下のワキツレが謡うのもあるようです。

□西王母が仙桃を与えたという帝王に周の穆王、漢の武帝の説話があるようです。
狂言口開では、穆王の臣下と名乗ります。間語に、西王母の桃を盗んで人間界に
追下されたという東方朔の故事が語られます。
東方朔は、穆王より八百年も後の人で、武帝に使えたといいますので
ここでは漢の武帝をさしています。
シテとツレの連吟では「妙なる法の三つの心」と仏の教理を説いています。
又「霊山会場の法の場」とあり、これらは穆王が霊鷲山で釈迦の説法を聴聞した故事を
さしているといいます。
この帝王は、穆王でもあり武帝でもあるということでしょうか。

□中国の古典で西王母に会ったとされる帝は、穆王、武帝だけではなく
黄帝、堯、舜禹などだといいます。
能にはしばしば登場する、なじみの深い人達です。
西王母に関して後世の文学等に影響を与えた帝は、前出二人が大きいといいます。

□西王母伝説の起源は、古く殷代の甲骨文字にある西母がそれであると
考えられているといいます。
前漢の初期の成立とする「山海経」に西王母は西方の果てに住み、姿は人、豹の尾と
虎の歯をもち、災害や殺害を司る神であるとします。
源頼正が退治したという鵺を連想します。
時代が下がるにつれて神仙思想の影響を受け、住居も西方の神山と考えられていた
崑崙山になり、奇怪な姿も優美な姿に変わっていったといいます。
現在は天山山脈の三千数百米の高さにあり、天山天池(又は瑤池)という
青い水をたたえた美しい湖のある景勝で、観光スポットになっています。
この能とは関係ありませんが、よく知られている西遊記に三蔵法師の弟子になる前の
孫悟空が天上界の蟠桃園(西王母の桃園)の番人を命ぜられたが、この園の不老長寿の桃を
食い荒らしてしまったという話しがあるそうです。
これら西王母にまつわる話が連想される楽しい能です。
                                     (梅)

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