鞍馬天狗


シテ:工藤 寛
ワキ:野口敦弘
ワキツレ:野口能弘 野口琢弘
間:『能力』大藏吉次郎『木葉天狗』大藏教義 宮本昇 榎本元
子方:『牛若』山根あおい
   『花見』加藤愛花 城尾祐衣 田崎智子 辻井穂実 町田遼 辻井祐輝
笛 :内潟慶三
小鼓:古賀裕己
大鼓:安福光雄
太鼓:観世元伯
後見:豊嶋訓三 廣田幸稔 蓮元早苗
地謡:宇高通成 坂本立津朗 元吉正巳 城石隆輔 雄島道夫 熊谷伸一 遠藤勝實 榎本健
 


□鞍馬山の奥、僧正が谷に住むという山伏は鞍馬寺で花見の会があると聞き、やってきます。
 東谷の僧は西谷からの誘いの手紙をもらい、稚児をつれて西谷へ行き花見の会をします。
 山伏は僧達の席に加わろうとしますが風来者に興を削がれたと僧一行は帰ってしまします。
 一人居残った牛若は山伏に同情し、山伏を招き寄せ二人で花見をします。
牛若の思いがけないやさしさに山伏は恋心さえ抱くようになります。
牛若は山伏に源氏の嫡流故の不遇を語り、山伏は牛若を慰めようと花の名所を残りなく案内してまわります。
 山伏のあまりの好意に牛若が名をたずねると山伏は実は鞍馬山の大天狗であると名乗り、
平家を亡すべき兵法の奥義を授けよう、また明日会おうと言い残して雲に乗って飛び去ります。
 牛若がはなやかに、りりしく身支度して待っていると諸山の天狗を引き連れて大天狗が現れます。
大天狗は漢の高祖の臣下、張良の物語をします。
張良が秦の隠士、黄石公に兵法の秘法を授けられた時、黄石公は張良の忍耐力を試したあと履いていた靴をわざと落とし
張良に履かせよと言い、張良の器量を見ました。
 こう語った大天狗はあなたも張良に劣らぬ器量をお持ちだと兵法の奥義を授け、
必ず平家を滅ぼすであろうと予言し九州や四国の合戦のときは必ずあなたの身を離れず守護し
弓矢の力を添えようと言い残し、夕暮れの鞍馬山の杉の梢に飛び去ります。

□はなやかに、華麗に、豪壮に、変化に富んだ天狗物の第一の能といわれ人気曲のランクを争う曲です。
能に不案内の人でも十分楽しめます。まず山伏が登場します。
舞台に不思議な雰囲気がただよいます。次に稚児の登場です。
花見の会は能力の舞う小舞でたけなわになりますが山伏の闖入で中断します。
稚児達を花見ともいい能楽師の子弟はこの花見で初舞台を踏むことが多いようです。
短時間でセリフもなくその上はなやか故です。
花見達はあたりを見まわしたり扇をもてあそんだり、あどけない仕種が可愛いく、ほほえましく
能力の小舞とあいまって楽しい雰囲気を醸します。
稚児達は今を時めく平家の公達です。
当時平家の人たちが子弟を鞍馬に預ける風習があったかどうかは知りませんが、
牛若が山伏に語るように平家の稚児達は「今の稚児達は平家の一門、中にも安芸の守清盛が
子供たるによって・・・鞍馬寺中の者から可愛がられている。
それに引替え私は何かにつけてみじめな境遇で月にも花にも捨てられたようなものだ」と
牛若の境遇の引き立て役でもあります。

□花見達が去り舞台には山伏と牛若のしみじみとした場面になります。
「御物笑ひの種蒔くや、言の葉しげき恋草の」と美少年牛若への山伏の恋心を地謡がうたいます。
中世に流行り、風習ともなったという念友、男色を風刺しているとも言われています。
やがて夕暮れになり「松嵐花の跡訪ひて・・・哀猿雲に叫んでは」と、
ものすさまじい景色の中で二人は花見をして回ります。
尋常ならざる二人の秘めた力を感じる場面です。
山伏は来序の囃子で中入りします。後場の言い知れぬ巨大な力の出現を予期させます。

□後場の天狗は天狗等の登場楽、大べしで豪壮にゆったりと登場します。
雲に乗った様子だともいいます。国々の天狗を引き連れてとありますが大勢の天狗は観客の想像に任させます。
 天狗は牛若に源氏の統率者としての心得を漢の張良の説法を引いて語ります。
 兵法の伝授は「舞働」です。子方の長刀を取って舞います。
舞い終わって長刀を牛若に返すとき兵法を伝授するという気持ちで返すといわれています。

□能にはいろいろの天狗が登場します。
仏法や人に仇をなす天狗が多い中で本曲の天狗は人を助ける豪壮、強大な力を持った天狗です。
 いずれの天狗も神通力を持っています。天狗の仮の姿は山伏です。
修験者、山伏の道場は峻険な山です。道場の山には天狗を彫った碑が立っているのを見かけます。
修験者達は過酷な行の末、天狗のよう神通力を得たいと願ったのでしょうか。
  

(梅)

                                   

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